号外すいかとかのたね

漫画雑誌「すいかとかのたね」のブログです。僕らの好きな漫画・雑誌の話です。

隠されたヒロインともう一つのストーン・オーシャン

はじめましてこんにちは!漫画雑誌「すいかとかのたね」の野口明宏です。

僕は初ブログなのですが、編集長に漫画に関してなら好きに書いていいと言われたので思い切って大好きな『ジョジョの奇妙な冒険』について書こうと思いますよ!妄想と引用のアラベスクと言った趣で長いです。こんなことになるとは…

 

 

 

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2011年フロリダ州 州立グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の中のある一室。部屋は本棚に囲まれ、壁にはリキテンシュタイン、テーブルには飲みかけのフロリダオレンジジュースの缶とマーズチョコレート、部屋の中央には大きなグランドピアノが置かれている。本来は存在するはずのないその部屋には野球のユニフォームを着た白人の少年と少年に導かれて迷い込んだドレッドヘアのヒスパニック系の女、彼女をまっすぐな視線で見つめるグランドピアノの中に横たわる白人と思しき男性、そして同じグランドピアノに寄りかかりこちらも迷いこんだ女を力強い視線で観察する華奢な白人の女性、の4人がいた。彼らは少年をのぞき皆囚人だった。そして、無口で力強い視線を持った白人の彼女/彼が本稿の主役であるナルシソ・アナスイである。

ヒスパニック系ドレッドヘアの女囚、エルメェスコステロはこのときあった華奢な白人女性がまさか次に対面するときには性別が男性になっているとは思っていない。部屋の様子を漫画越しに見つめている僕たち読者だってそうだし、もしかすると作者である荒木飛呂彦もそうかもしれない。

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この記事では『ジョジョの奇妙な冒険第6部ストーン・オーシャン』(1999〜2003)までを読んでいて、なおかつ時間を持て余した人が読むことを想定していて、かなり説明不足であったり、もしくは決定的なネタバレがあることを先にお伝えしておく。ストーンオーシャンを未読の方はここでお別れだ。

 

主題に入る前にざっくりと第6部の設定をおさらいしておこう、舞台は2011年(連載開始は1999年なので当時からすると12年後の世界ということになる)のアメリカ、フロリダ州空条承太郎の娘・空条徐倫は、恋人とのドライブ中に起こした事故によって「州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所」に収監されてしまう。面会に現れた承太郎は、この事故がかつて自分が倒したDIOの関係者によって仕組まれた陰謀であることを告げ、徐倫に脱獄を促すが、そこに謎のスタンド「ホワイトスネイク」が現れ、承太郎の「記憶」と「スタンド能力」をDISC化して奪い去ってしまう。徐倫は植物人間となった父親を救うために「記憶」と「スタンド」のDISKを取り戻さなければならない…父と娘の物語、そしてジョースター家を巡る呪いの物語でありながら、歴代ジョジョの中で唯一の女性である徐倫の奮闘を描くこの物語は荒木飛呂彦にとって力強い女性を描く挑戦だった。

 

(脱獄囚の兄弟を描いたドラマシリーズ『プリズンブレイク』(2005〜2013)も終盤の舞台はフロリダらしい。ストーンオーシャン全体の元ネタは『ショーシャンクの空に』(1995)じゃないかな?と思われる。図書室の描写や抜け穴、庭でのキャッチボールのシーンなどがあるので。脱獄ものとしてはさらに前の『大脱走』(1963)は荒木飛呂彦のお気に入り映画らしい)

 

 

主人公に女性である空条徐倫、相棒であるエルメェスコステロフー・ファイターズ徐倫と同じ部屋のグェスもまた女性という中で登場したナルシソ・アナスイも冒頭で描写した初登場回「エルメェスのシール②」では女性だった。

次の登場はその3週後、「6人いる!その②」という回(タイトルはたぶん萩尾望都『11人いる!』(1975)のパロディで7部スティールボールランではそのまま「11人いる!」という回があった気がする)に扉絵のみ登場である。そこでもアナスイ♀が登場し、その扉絵はおおよそ徐倫エルメェス、ウェザーリポート、エンポリオアナスイ♀が主人公のパーティといった描き方に見える。その次の登場するのはなんとその31週後「ウルトラセキュリティ懲罰房」の回で、屋敷幽霊の部屋で野球ユニフォームの少年エンポリオに助けを求めに来たフー・ファイターズはそばにいたアナスイにも協力を求めようとするが…「彼に期待しちゃだめだ アナスイは協力しない」とエンポリオに言われたフーファイターズは「『彼』?(男囚か⁉︎…こいつ…⁉︎)」と読者と声を揃えることになる。翌週「その名はアナスイ」の回で彼にはなんでも分解してしまう癖があり、ガールフレンドの浮気現場に遭遇した際彼女と浮気相手の2人の身体を"永遠にくっつかないように"バラバラにした殺人犯として投獄されたこと、スタンドはスピードとパワーを物体の中に潜行させるダイバー・ダウンであることが明かされた。

間違いなくここからアナスイは男性として描写されていく。女性らしい描写で本編に登場したのは登場回の一回だけ(扉絵を含めれば2回)だ。「その名はアナスイ」で登場したアナスイ♂はフー・ファイターズの要請を承諾し懲罰房へと隔離された徐倫を救出に向かう。その際アナスイ♂は「彼女を全力で守ってやる。気に入ったんだよ、初めて見た時から何もかもな。父親のためにわざわざ「懲罰房」まで行ったという今回のその覚悟がさらに気に入った。彼女を守りきったなら…オレは彼女と結婚する。祝福しろ。結婚にはそれが必要だ」といきなり徐倫との結婚を宣言する。どうもそれまで作中にはアナスイ徐倫が直接対面したシーンはないが、一方的に見ていたという可能性もあるし、矛盾だとしても主要キャラクターの性別が変えられることに比べれば大した問題はない。

作中ではその後、事あるごとにアナスイ♂が徐倫へとアピールを続けるが、その度徐倫にあしらわれてしまう。

懲罰房でのサバイバー戦(意味もなく殴りあう様子が『ファイトクラブ』(1999)を元ネタにしていると思われる)が終わり孤軍奮闘する徐倫はそのままドラゴンズドリーム戦(その回のタイトルは「燃えよドラゴンズドリーム」だったのでこれは『燃えよドラゴン』(1973))になだれ込むが、そこで到着したアナスイ徐倫に出会い頭「愛してるぜ…ここに来るのがとても楽しみだった…」とかましてくれる。

別の場面ではスタンド攻撃を受けた徐倫の身体から生えた植物をアナスイが口に咥えてその物質の安全性を判断しようとするといった行動にも出ていたりと、場面がどれだけ切迫していようがアナスイは関係なく徐倫にアプローチしていくわけだが、状況や状況なだけに徐倫はそれらのアナスイの言動がいまいちピンと来ていない様子である。

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徐倫に対して何度となくアプローチしていくナルシソ・アナスイは初登場時なぜ女性として描かれ、2回目以降は男性として描かれたのか?それを考える上でもう1人の人物について考えてみたい。

 

 

3.

リーアム・ニーソン主演『96時間』(2009)では元CIA工作員がたった1人で誘拐された娘を奪還する話だが、このリーアム・ニーソンは仕事と家庭の狭間にあって家庭をおろそかにして別居離婚してしまう。ストーン・オーシャンでは冤罪で捕まった徐倫を救おうとする承太郎はがまさにシンクロするキャラクターだ。とは言っても仕事と家庭の狭間で家庭をおろそかにしてしまう父親というのは洋画の世界では結構テンプレっぽくもあるんだけど(荒木飛呂彦が敬愛するイーストウッドは『人生の特等席』(2012)でまさにこんな役回りを演じている)。ただストーンオーシャンではジョンガリ・A(『ジャッカルの日』(1973)に出てきたライフルの隠し方)とホワイトスネイクのコンビの前に承太郎が倒れて以降この役割は逆転してしまう。女性であり娘である徐倫が父親を救う話に変化するのだ。その様子は、3部スターダストクルセイダーズで承太郎がホリーを助けるために旅に出たのと同じである。

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6部の場合は徐倫がヒーローでありマリオで承太郎はヒロインでありピーチ姫なのだ。

その後承太郎のスタンド『スタープラチナ』のディスクを回収することとなるサヴェジ・ガーデン作戦で見た光景(どの部分とは言わないが)はまさに『マグノリア』(1999)だ。

 

 

4.

荒木飛呂彦は両親が不在の主人公、半グレで刑務所にいる主人公、片親な上にネグレクトの環境で育った主人公、自分の軽率な行動によって下半身不随になった主人公、記憶喪失の主人公そして、ストーンオーシャンでは父親の愛を感じることが出来ずに育ちその上冤罪によって刑務所に入れられたしまった主人公を描いている。さらに少年誌上で言えば女性主人公であるということもマイノリティーなのだ。それでも徐倫はマリオとしての役割を果たしたし、承太郎はピーチ姫の役割を十分に果たした。(『スターウォーズ フォースの覚醒』(2015)『ローグワン スターウォーズストーリー』(2016)『ゴーストバスターズ』(2016)などの映画ではそれまでのシリーズと打って変わって女性を主人公に据え直したものも多い)ではアナスイは?性別的なステレオタイプを脱したのか?

 

ここでコミックナタリーに掲載された、『帝一の國』の古屋兎丸と『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所西義之の対談のurlを貼っておく。

http://natalie.mu/comic/pp/babiro/page/3

 

ここでは、西義之がジャンプで同性愛を匂わせる描写をしたら編集者に怒られたという内容のことを言っていて、それを受けて古屋兎丸も「ジャンプで同性愛はねぇ(笑)」と受け答える場面がある。ジョジョのファンの間でまことにしやかに囁かれているのはまさにこの部分で、アナスイは女性のまま徐倫に想いを寄せるキャラクターだったはずが編集者に止められたために男性のキャラクターに変更して描かざるおえなかったのではないかという憶測である。(とは言っても『ハンター×ハンター』(1998〜)ではヒソカがゴンに性的興奮を覚えるシーンがあったりしたが。)

第6部の主人公は父親の愛情を感じれず、冤罪で投獄された上に少年誌上でも珍しい女性主人公でありながら、セクシャルマイノリティーでもあったのだろうか?

 

 

 

6部の舞台であるフロリダといえば半島で海に囲まれていて、ウォルトディズニーワールドやユニバーサルリゾートやケネディ宇宙センター(ケープカナベラル)なんかがあって観光地として有名だ。(東京ディズニーランドの最寄駅舞浜はフロリダ州のマイアミから取ってる)。ディズニーワールドは厳密にはフロリダのオーランドにある。州都はタラハシーという町(『ゾンビランド』(2009)でウディ・ハレルソンが名乗っていた仮の名前である)。

監獄の砦ジェイルハウスロック(演出等もろにノーランの『メメント』(2000)加えてスタンド攻撃を受ける最中に徐倫が『シックスセンス』(1999)のネタバレをするというシーンも)をくだし、脱獄を成功する徐倫達はオーランドへと向かうことになる。

赤道に近い方がロケットの発射に適しているからとのことでフロリダにケープカナベラルがあるのだがそれゆえに、『アポロ13』(1995)『アルマゲドン』(1998)『コンタクト』(1997)『トュモローランド』(2015)『ドリーム』(2016)などなど宇宙系映画の舞台になっていることが多い。フロリダが舞台ということで勘のいい読者はすでに後半の展開を多少予想してた人もいたのかもしれない。最近個人的に見たものだと宇宙系ではないけど『夜に生きる』(2015)はフロリダが舞台で印象的な海岸が出てきた。

 

物語の終盤、オーランドの海岸沿いでプッチ神父との最後の戦いが始まる。アナスイ徐倫の父親である承太郎にこう申し出る。「ところで…おれは全力であなたのお嬢さんを守ります。すでにのっぴきならない事態に陥ったようだが、この闘いは生き抜く…だからお嬢さんとの結婚をお許しください。こんな時になんだが…『許してくれる』だけでいいんだ。あなたが…許してくれるだけで…それだけでオレは救われる。何もオレは最初から…徐倫と結婚できるなんて思っちゃあいない…オレの殺人罪は事実だし、徐倫がオレの事を好きになってくれるわけがない事も知っている…だが…徐倫が父親であるあんたから受け継いでいる清い意思と心は…オレの心の闇を光で照らしてくれている…崩壊しそうなオレの心の底をッ!今のオレに必要なんだ…一言でいい…「許す」と…オレの心を解き放ってほしい…‼︎ここで生き延びたなら結婚の「許可」を与えると!」

そんなアナスイに対しての承太郎の返事は淡白で「……言ってることがわからない……イカレてるのか?……この状況で」である。

アナスイが最初に徐倫との結婚を宣言した時も彼は「結婚」には「祝福」が必要だと言い、そしてこの場面では、徐倫が好きになってくれるとさえ思ってないけど、それでも「許す」の一言を求めている。アナスイにとっては徐倫と結ばれることに必要なのは他人からの「祝福」なのだ。一人称である「オレ」が「私」に変わってたとして、この文章はより意味が通る気もする。これまでのピンと来ていない徐倫や父親の承太郎のリアクションももし仮にアナスイか女性だったなら頷ける。あくまで憶測の域を出ないながら、ここには隠されたヒロインとしてのアナスイが見え隠れするし、もう一つのストーン・オーシャンがあるように思う。

 

ラスト、宇宙を一巡させ、「覚悟」のある世界を作るというプッチ神父の思惑は半分は叶い、半分は叶わなかった。元の宇宙とは違う、未来の決定されていない自由な宇宙が生まれた。その先でもアナスイはアナキスとして徐倫はアイリンとして2人でアイリンの父親に結婚の許しをもらいに行くという。アナキスとアイリンのカップルが仮に同性で法的に認められないとしても2人は変わらずに父親の「祝福」を求めてるだろう。ある意味でそれだけが必要なのだから。

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(徐倫ジョジョ史上初の女主人公だが、アイリンという名前は荒木飛呂彦漫画史上初の女性主人公『ゴージャス☆アイリーン』(1984)の主人公アイリン・ラポーナの名前で、事実6部連載終了時には徐倫のカラーイラストとアイリンのカラーイラストをジャンプに掲載していて、そう言った意味あのラストは荒木飛呂彦の作家人生をも"一巡"させたと言える。)

 

2012年の5月にはオバマ元大統領がテレビのインタビューで同性婚を支持する発言をしたことで話題になる。保守派の政治家サラ・ペイリンの娘ブリストルは「オバマは『glee』(2009〜2015)の見過ぎだ」と非難したという。(webちくまの大和田さんの記事からの引用です…)

くわえて2015年6月26日、アメリ最高裁の審議の最終投票5対4票で、"同性婚禁止は違憲"と決定、よって全州に同性婚法案を認めると、アンソニーケネディ最高裁判所判事が公に声明を発表した。フロリダの海岸線をドライブする2人にもこれは例外ではない。

 

 

 

 

 

(映画ネタを盛り込もうと思い結果読みづらくなってしまっていたごめんなさい。ちなみにエルメェスの復讐回「愛と復讐のキッス」(『愛と復讐の挽歌』(1988))では『ゾンビ』(1978)と『インビジブル』(2000)をモチーフにしたようなスタンド、ヒンプビズキットが登場し、エルメェスはここで『007シリーズ』(1962〜)のボンドよろしく「キッス」は復讐の「許可証(ライセンス)」だと言う。

後半に登場するヴェルサスの幼少期のの設定は明らかにアメリカの大ヒット小説「HOLES」(1998)から持って来ていて高校生の頃小説を読んだときはあまりのそっくりさにに笑ってしまった)

 

 

 

年代順サブテキスト

 

『007』(1962〜)

大脱走』(1963)

燃えよドラゴン』(1973)

ジャッカルの日』(1973)

『11人いる!』(1975)漫画

『ゾンビ』(1978)

『ゴージャス☆アイリーン』(1984)漫画

『愛と復讐の挽歌』(1988)

ショーシャンクの空に』(1995)

アポロ13』(1995)

『コンタクト』(1997)

『HOLES』(1998)小説

アルマゲドン』(1998)

ファイトクラブ』(1999)

マグノリア』(1999)

シックスセンス』(1999)

 

ストーンオーシャン連載開始(1999)

 

メメント』(2000)

インビジブル』(2000)

 

ストーンオーシャン連載終了(2003)

 

ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(2004〜2008)漫画

プリズンブレイク』(2005〜2017)ドラマ

『96時間』(2009)

ゾンビランド』(2009)

glee』(2009〜2015)ドラマ

帝一の國』(2010〜2017)漫画

『人生の特等席』(2012)

夜に生きる』(2015)

トゥモローランド』(2015)

スターウォーズ フォースの覚醒』(2015)

ゴーストバスターズ』(2016)

『ドリーム』(2016)

『ローグワン スターウォーズストーリー』(2016)

 

野口明

 

漫画雑誌「すいかとかのたね」

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